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エレベーターがある階に着くと、先導するスタッフが、どうぞ、と部屋に案内する。
廊下を歩いている最中に見えた窓の景色から、かなり高い。
木の頂点が見下ろせたからだ。
「では、講師の先生をお呼びします。佐々木先生~っ!」
明るい声が響く。
その声と共にもう三十路過ぎくらいの男性が現れた。
この男性が佐々木先生なのだろう。
部屋の入り口でたむろっている由奈達は拍手を送ると共に何をするのかと先生を見つめる。
「えっと…皆さんこんばんは……あ、適当に床座って座って」
その言葉にやっと部屋の中に入るとオドオドした様子で適当に床に座り始めた。
もちろん由奈は恵梨の隣、しかも壁際にひっそりと座った。
「体験…の前に、ちょっと説明したいものがあります。はい、スタッフが配ってると思うんだけど…黄色い紙あるでしょ」
佐々木先生はそう言うと鮮やかなデザインの一枚の紙を見せた。
黄色の下地にピンクの大きい文字で
『オーディション開催!!』
とかかれている。
「(目ぇ痛いチラシ…)」
「みりゃ分かると思いますが…これなんと大賞取りますと我が学園の学費が無料になります。2年間全部ね」
思わずえっと叫びかかった。
隣にいる恵梨の袖をギュッと掴み、え、え、と講師と恵梨の顔を交互にみる。
恵梨は由奈の顔を見るなり苦笑いを作った。
「まあそんな堅いオーディションでもないから皆気軽に参加して下さい。参加料は無いし、またこの会場に来て頂ければ」
ふっと静かな空気をなごませるような柔らかい笑顔を溢す佐々木先生。
その瞬間は確かに空気が暖かくなった。
「じゃあ体験に入りますか!まずは……」
――オーディションで大賞とれば学費無料…
そうしたら、この専門学校に通える。
そうしたら…親に反対される理由は無くなる…。
このオーディションの話は体験中片時も離れる事なく由奈の頭の中をぐるぐると回り続けた。
案の定、恵梨に叩かれる事になるのだが…。
そうして、今に至る。
『まあ、代々木ついたら連絡お願いねっ』
「了解~」
がたたん、がたん。
電車の音が心地よい。
通話を切ったあと、不思議と乗り換えの不安は薄れていた。
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