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元の時間軸にリターンしたつもりが、我々が帰ってきたのは見慣れない部屋だった。サトシは青いカバーのかかったベッドに横たわり眠っている。
『サトシくん』
呼び掛けると彼はすぐに目覚めた。やはり見慣れない部屋の様子に戸惑ったようで、きょろきょろと見回している。どう見ても病室ではない。
『君はお母さんを助けた。だから、ここは病室じゃないんだよ』
「本当に? ぼく、病気じゃないの?」
質問に答える前に、私は家の廊下を歩く足音を聞き止めた。それはゆっくりと近付いている。急がねばならない。
『サトシくん。一つ訊くよ。君、まだ自分が死んだ後の世界を見たいと思うかい』
彼の脳に繋がっている私は、聞かずとも答えを知っていたが、やはりサトシ自身の口から聞きたかったのだ。彼は自分の手のひらを見つめ、にこっと私に笑いかけて言った。
「思わないよ。ありがとう、アンディ」
その言葉を聞くと同時に、私はサトシの記憶から『タイムマシンのアンディ』のメモリーを消し去った。途端に少年は眠たそうに目を瞑り、やがて健康な子供らしいすこやかな寝息を立て始めた。
それから間をおかずして子供部屋のドアが開き、先ほど私が見たよりも少しだけ年を取った母親の姿が入ってきた。
彼女は息子のベッドに近づき、肩に毛布をかけ直して、何か不思議そうにサトシの寝顔を見つめている。
はたと私は気付いた。助けられた母親の記憶は消していないのだ。つまり、あの時身ごもっていた子供の成長した姿を、母親は見ていることになる。
母親の記憶も消去するべきか否か、迷ったがやはり私のCPUは悩むようには出来ていない。生まれてくるはずの子供に助けられた、そんな不思議な話があってもいいじゃないか。
何より私は忙しい。こうしている今も、タイムマシンを求める人々の精神エネルギーをひしひしと感じているのだ。
次の時間軸へ飛ぶ前に壁をふと見上げた。そこにはポスターが貼ってあり、私が入っていたロボット『アンディ』が勇壮に宇宙を飛んでいた。
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