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砂嵐。一言で表すならば、彼女の脳波から発するエネルギーは砂嵐だった。複雑過ぎて『私――タイムマシン』を求める波動を見逃しそうなぐらいに、彼女は混乱していた。しかしそれは内面的なものだ。人間の構造は奥深い。
彼女自身は今、喪服を着て行き交う人々をぼんやりと眺めている風に、頬杖をつき、ベンチに腰掛けている。表面上は何も混乱しているようには見えないが、心と一般的に呼ばれる、脳のなかでは次のような順番で物事を考えていた。
自分はこれからどうなるのだろうか。
お腹が空いた。でも食べたくない。
喉がかわいた。でも飲みたくない。
自分はこれから……多分……。
学校が休みでよかった。
いろいろ訊かれるのは面倒くさい。
同情、憐れみ、同情……。
これはまだ整理された思考といえよう。彼女の脳を深く探る、と、途端にエネルギーは複雑さを増してきた。
なんで? なんで? なんで?
あの人は誰?
親戚の――見たこともない人。
私はあの人の家に引き取られるの?
いやだ。いやだ。いやだ。
なんで?
くやしい?
憎い。悔しい。
……悲しい。
母が死んだのに、私は悲しくないの?
最近はずっと話してなかったし。
いつも仕事で夜はいなかった。
『私』にも映像イメージとして彼女の記憶が伝わってくる。夜遅くに酔っ払って帰ってくる母親、きつい香水の匂い。思春期だからか、彼女はそんな母親の姿に嫌悪感を覚えていた。
……私は悲しくないの?
私は、悲しくない。
絶対に泣いたりするもんか。
『私』は、彼女の思考が読めなくなりつつあった。彼女は自分が知ってか知らずか、強固な壁を心に作ってしまっている。そのなかからタイムマシンを望む気持ちが発せられているため、私はその壁を溶かさなくてはならない。
どうしたものかと考える。前回の少年のように柔軟な子供ならばこちらも楽なのだが、成人に近い年齢の人間となると話は別だ。やれないことはないが、私はあまり苦労が好きではない。
その時、彼女がふと目を動かした。そこには彼女自身のものであろうカバンがあり、取っ手にはウサギのマスコットが付けてある。マスコットを見た、まさにその瞬間、彼女を頑なに閉ざしていた壁が雪解けのように融解した。
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