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サトシは私の予想以上に頭がいい子供だったのだ。自分が死ぬことを受け入れ、それでも尚未来を見たいと願う。私は勘違いをしていた。彼は自分の将来を知りたいのではなく、ただ単に未来を見たいだけなのだ。
「アンディ? どうしたの?」
『ああ……ごめん。私は、君の願い事を叶えるために来たんだよ』
「本当に!?」
サトシは飛び上がらんばかりに喜んだ。私は複雑な気分だった。このまま未来へ連れて行けば、彼の願いはかなう。だが、近々死ぬというサトシの現実は何も変わらない。それでいいのか?
自問自答している暇はない。私は悩まずに、サトシの小さな手を握って言った。
『その前に、少し寄るところがある。いいかな?』
人間を連れての時空間移動は少々手間がかかる。目覚めている人間を移動させるのは精神負荷が強すぎるため、私はサトシの脳波を再び弄って、深い眠りに就かせた。 時間軸320、西暦19XX年2月17日。地軸580、日本……目標地点到達。私はサトシを眠りから覚まさせた。
「ここ、どこ?」
周囲は閑静な住宅街で人ひとりとして見当たらない。サトシが立っている塀のすぐそばには長い階段が連なっていて、段は雪解けの水でぬかるんでいた。
『君が生まれた街だよ。もうすぐ、君のお母さんが此処に来る。お腹で君を育てている真っ最中のお母さんがね』
「どういうこと? 僕はここにいるよ」
じれったそうにサトシは自分の姿を見下ろした。パジャマとスリッパのままであるが寒さは感じていないようだ。
『君が生まれる前の時代に来ているんだ。サトシくん、君のお母さんは今日、この時間に階段から足を滑らせて転倒する。そのために早すぎる出産となった。これが、君の病気の原因なんだ』
「わからないよ……アンディ」
『わからなくていい。君がやるべきことを教えよう。お腹の大きな、君のお母さんがやって来たら、階段から足を滑らせないように助けるんだ。君がやるんだよ』
「ぼくが?」
途端に不安そうな顔つきで私というかアンディを見つめる。今まで病床にいた少年に母を助けることが出来るだろうか、不安は私にも伝わってきた。
しかしやらなくてはならない。彼のためでもあるが、私の自己満足のためにでもある。
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