フューチャー・リカバリー

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「アンディ、ぼくには出来ないよ」  しばらく逡巡していた少年が思い詰めた顔をして呟いた。その考えがイメージとなって私に伝わってくる。  病院のベッドに横たわっている自分。哀れむような、申し訳ないような目で見られることに慣れた自分。次々に退院していく、仲良くなった子供たち。記憶にかすかに残る、母のすすり泣き。それを慰める父の声。母は自分のために泣いているのだという自責を、サトシは痛いぐらいに感じていた。その全てが、彼に自信を無くさせてしまっているのだ。  だが、私は所詮タイムマシンでしかない。彼の心を癒やし、慰めることは不可能だった。 『……サトシくん。見てごらん、お母さんが来たよ』  少年が顔を上げた先には、淡いチェックのジャンパースカートを着た女性が片手にスーパーのビニール袋を提げてゆったりと歩いてきていた。大きなお腹を労るようにゆっくりと歩いている。だが、彼女はこの先の階段で足を踏み外して転落する運命にあるのだ。 『君がやるんだ。君しかやれないんだよ。私の体では、君のお母さんを助けることは出来ない』  ロボットの腕を上げ下ろしながら説得する。少年は、彼が知るよりも少しだけ若い母親の姿から目を離せずに、泣きそうな顔で唇を震わせていた。  ちなみに私とサトシの姿は時空間の隙間に滑り込ませているので他の人間からは見えない。今のところは。  サトシの母親が階段の一段目に差し掛かる。一段、一段、ゆっくりと降りていく――彼女の右足が段を踏み外した、その瞬間、サトシは走り出した。私は時空間の隙間から彼を解放する。  少年が自分の母親の、手すりから外れた手をしっかりと掴む。彼女は小さな、未来の息子の手を握り締めて階段を踏み直した。二人の驚愕やショックによる動悸が私にも伝わってくる。  短い間を開けて、母親が口を開いた。 「ありがとう――」  その言葉を聞き終わらない内に、私はサトシを強制的に時空間の狭間へと送還した。これ以上の接触は危険だと判断したからだった。
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