79人が本棚に入れています
本棚に追加
鞄にタオルを入れ長い愛用の弓をそれ専用の入れ物に仕舞う、という簡単な身支度を済ませ、楓は弓道場の鍵を閉めるとその荷物を担いでさっさと歩きだした。
下駄箱を通らずにそのまま学校の外へと出る。
日は沈みかけているにも関わらず、蝉の鳴く声は止む事を知らない。それと同時にコンクリートの地面に照り返る暑さも弱る気配を全くみせない。
じわじわと額に浮かんでくる汗をまた手の甲で拭い、自分の身長より高い弓を担ぎなおす。
淡々と前だけを見ていた楓だが、ふと近くから聞こえたボールの音に立ち止まった。
リズム良く、一定の間隔で弾かれる堅いボールの音。
キョロキョロと辺りを見回し音の元を探す。しばらく耳を澄ませてみると、どうやらそれは楓の通っている高校の小さなグラウンドから聞こえているのがわかった。
「誰だろう……」
こんな真夏にわざわざ学校に来る人なんて自分しかいないだろう、等と思い込んでいた彼女は顔をしかめる。
考えている間もずっと一定のリズムで続くボールの音。
無意識のうちに足はそのグラウンドの方へと向かう。
一瞬躊躇うように歩調が緩んだが、思い切って楓はそのグラウンドを覗き込んだ。
「あ……」
そこには、バスケットボールをまるで生き物のようにして操る一人の少年がいた。
グラウンドと今楓が立っている道路を隔てるフェンスに手をかけ、呆然とその光景に見入る。
――どこかで、見た事のある顔。
記憶にある顔から必死に探すも、そこにいる人物に当てはまるような人は現れない。
ついに考えても考えても思い出す事は出来ず、楓は一人で首をかしげた。
ぼーっと何も考えずにフェンスに手をかけたまま、ただソレを見つめる。
ふと、今まで絶え間なく続いていたボールの音が、止んだ。
「――――あっ」
思わず伸ばしていた手を引っ込め、あちら側から見えないように素早く身を隠す。
走ってもいないのに息を切らしながらギュッと弓の入った袋を握った。
――見ていたのが、バレていないだろうか。
そんな事を考えながら、楓はその場から逃げるように駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!