紅の季節

5/30
前へ
/30ページ
次へ
午後4時――、いつもならこの時間は弓道場から矢を放つ音が響いている時間だ。 しかし、ここ最近はその音も4時の時報を境に一切しなくなった。 早めに練習を切り上げた楓はいそいそと荷物を纏め、口元をほんの少しだけ綻ばせながらしっかりと髪を結い直す。 そしていつものようにコンクリートで固められた地面に足を付けた。 未だにジリジリと照る日は数日前と大して変わらないが、楓の表情はこの前と違って生き生きとしている。 彼女の足は自宅へ向かうのとは違う方向へ進む。その足取りはいつもより幾分速い。 1分程で着いた場所は、楓の通っている学校のすぐ側に位置している小さな公園。 そこにある遊具はたったの二つだけ、よく使い込まれたであろうブランコと鉄棒だ。錆びた部分を隠すように何度も塗装されていて、この公園がだいぶ昔からある事がわかった。 他にはその二つの遊具を囲む様にして大きな槻がいくつも列なっており、夏の厳しい暑さを凌ぐには丁度いいようになっている。そしてその根本には、木々の葉を屋根にした木製のベンチが点々と置かれていた。 楓はその内の一つに腰を下ろすと、おもむろに鞄から一冊の本を取り出す。 ほぼ最後のページに近い所にある栞を外しながら視線を前へと向けた。 「今日で、最後かぁ……」 残念そうに漏らした言葉にハッとし思わず手で口を塞ぎ視線を本へと戻す。 この夏中続いていたボールの音。今もそれは楓の居る公園に隣接するグラウンドから聞こえていた。 あの日、机の引き出しから取り出したもの。 『……いた』 ガサガサと引き出しを漁り、楓はしばらくその場で固まった。ジッとある一点を食い入るように見つめながら、鼓動がうるさいくらいに脳内に木霊するがわかる。 ――始業式に撮った集合写真。 そこに、彼はいた。 あまり自分のクラスメイトに関心がなかった為その人の名前は分からなかったが、とにかく同じ学校で同じクラスの男子だという事だけは判明した。 そしてその次の日から、楓は毎日この公園に通って読書をしている。それは己の趣味なのか、もしくは―― ガコン、 グラウンドに備え付けられているリングが音を立てる。 それと同時に、もう読み終えたのか楓は本を静かに閉じた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加