紅の季節

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9月1日。 気温はまだ夏休みを感じさせるにも関わらず、容赦なく学校は始まろうとしていた。 大きく校門を開けながら生徒たちが来るのを待ち構えている。 夏休みをほとんど弓道に打ち込んでいた楓にとっては、学校が始まる事に何の苦痛も覚えなかった。 むしろ、今日この日を楽しみにしていたぐらいだ。 グラウンドで見たバスケをする男子生徒、楓と"恐らく"同じクラスの彼の正体をどうしても知りたかった。 長身で、あの髪型。 本来なら少ない情報量だったが、この30人のクラスならそれだけで充分過ぎるものだ。 少し緊張しながら学校に着いた彼女は、洗い立ての上履きをぎこちない手つきで履く。 トントンと軽く爪先を廊下に付け、自分の教室に向かって歩きだした。 夏休み中毎日学校に来ていたからといっても、それは弓道場だけであってこの廊下を歩くのが久しぶりである事には変わりない。 窓から見える景色が一ヶ月前と少し変わっているのに目を引かれ、ぼーっとそれを眺めながらゆっくりとした足取りで教室まで辿り着いた。 ドアの前で一旦立ち止まり、そっと傷がたくさんついたノブに手をかける。 そしてそれは力を込めるとなんとも鈍いような、滑りの悪い音を立てた。 「――あ、楓おはよー」 早く来すぎて誰もいないと思っていた教室から、聞きなれた声がした。 その声の主は、教室の真ん中で後方に位置する席に座っていて楓の方を見ている。 おはよう、と楓が簡単な挨拶を済ませるとその相手の後ろ――つまり教室で一番後ろの席に鞄を下ろし、次いで腰を下ろした。 「あれ、朋子髪切った?」 「やっぱりわかる!? ちょっと切りすぎちゃったんだよねー……」 昨日切ったのが失敗だったわ、と前髪を摘まみながら苦笑いを漏らしたのは楓の友達の大沢朋子。 朋子とは中学からの知り合いで、高校に進学してからもいつも隣に居るような存在。 そんな彼女と夏休みにあった出来事について話していると、いつの間にか教室にはクラスメイトが集まってきているようだ。 さっきとはうって変わってざわめきを絶やさない教室。 楓の意識もだんだんと朋子との会話から離れていき、ついには例の男子を探すようにキョロキョロし始めた。 「……楓? どうしたの?」
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