Have You Never Been Mellow

2/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
暖かく迎える春の陽気に、ジョンは心なしか寂しさを覚えていた。風が歌えば、小鳥のさえずりが聞こえる。足下を見ればほら、ゴキブリが這って楽しそうにしている。満開のサクラの木の下でも、耳につけたイヤホンからは、いつもと同じ戦争のニュースだ。 しかし、この俗世にも救いは何かしらあるものだ。例えばハイスクールに通うジョンにとって、朝の緑道は唯一の楽しみだ。しわくちゃのシャツと、ぼろぼろのジーパンをはいて、ジョンは今日も木漏れ日の中を通りすぎようとしている。そして小綺麗なおばさんのいる花屋の前のベンチを見てみる。そして深く溜め息をついた。 およそ人の性癖は十人十色であるが、ジョンはそこに座り静かに“ラクナの薄情”を読む女性を好いていた。決まってこの時間に読書している彼女との付き合いは、かれこれ3ヶ月を経ていた。眼鏡を通して真剣に文に目を落とすその顔を、ただ、後ろを通り過ぎるだけだったが。 それでもジョンは良かった、平和だった。ベンチに座る彼女を見ることが、ジョンの日課になっていたのだった。 しかしジョンにはガールフレンドがいた。ハイスクールに行く連絡モノレールに乗ると、人気ない後部席に彼女はいつも座っていた。 オレンジに燃える髪の長いツインテールをドリルヘアーにした彼女を、人はマルテと呼ぶ。片目を会社が倒産して発狂した父親にフォークでえぐりとられるという悲惨な過去は、その黒いハートの眼帯が物語っていた。 「やあマルテ、元気かい?」 「もちろんよ、ジョン。」 彼女は手に持っている“選択する女”を閉じて、ジョンは隣に座った。 今日は普通なら学校には行かない。何故なら国民祝日であるからだ。しかし政府は南部の都市ピターテンで起こした核爆発の対応に祝日どころではなく、そしてジョン達には全く関係がない、とは言い切れなかった。今日はハイスクールの体育館で全共闘による反戦集会があるからだ。 モノレールがハイスクールでジョン達を降ろす頃には、既に全共闘と生徒会が指揮する学生運動が、軍隊と衝突していた。 ハイスクール施設及び近隣の道路は寸断され、反戦デモが繰り返されていた。興奮した学生が軍隊に飛びかかり、噴煙で視界はえらく悪い。爆竹が軍の隊列に飛び込み、軍隊がなだれ込んで学生をライフルで殴り付ける。 全共闘らしき若者スピーカーからは、絶え間なく“グッバイピース”を歌っている。二人はハイスクールに駆け込んだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!