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海の見える小高い丘の、森の中。そんな場所に、そのホテルはあった。
白い壁は少し色褪せてきているが、それが色として成り立つその建物は、不思議と暗いイメージを持たせない。小さな城にも似た、優美な芸術。
一歩中に入れば、柔らかな色の床の石が何ともよい音を奏でる。クラシックが嫌味の欠片もなく緩やかに流れる。その二つの音の重なりがまた心地好い。
そして、ふと顔を上げた客人を迎えるのは、入って正面に掛けられた一枚の絵だ。
「……綺麗だ」
「気に入っていただけましたか?」
その声に、振り向く。いきなり声をかけられたのに、僕は全く驚くことはなかった。それは、声を発したこの人の力だと思う。
「綺麗、です」
「皆さんそう仰られますよ」
ぴしりと背筋を伸ばした老年の男性は、そう言って静かに微笑んだ。
その絵は、青かった。大きな縦のキャンバスに、一面夜の海が描かれていた。白い波をたてて水が打ち寄せ、灰色の砂に吸い込まれてゆく。絵の隅に散らされた岩場には生命はなく、黒い陰をつくる。
そしてその中で一点輝く、まるで異空間にあるかのようにぽっかりと水の上に浮かぶ満月。
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