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その時、その絵はまだこの世に生まれていなかった。しかし少しずつ、少しずつ時を重ね、その欠片は確かに彼の中に集まりつつあった。
彼はこの町の者ではない。どこから来たのかもわからない。しかし彼はこの町に来た。何の目的も詰まっていない旅行鞄一つを持って。
彼にはホテルに泊まるような金はなかった。古い、暖かな民宿に泊まり、アルバイトをしながら何故か町にとどまっていた。
彼には不思議な習慣があった。
彼は毎日、一日全ての仕事を終えると暗い中外へ出てゆく。三十分以上も歩いて、海へ行く。
田舎の海だ。夜に人がいるはずがなかった。
白波をたて、泣いている海。青の瞳を閉じ、闇に包まれた海。晴れている夜は、星が見える。
彼は、星を数えた。星座を読み、風に吹かれた。
彼は、海が好きだった。
この町には一つ、特徴的というかよくわからないが起こっていることがあって、それは本当に月が綺麗ということだった。雲さえかかっていなければ、必ず美しい月が見えた。
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