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彼女はすぐに彼のことを忘れるはずだった。彼女にはやはり恋人たちの方が興味を持てたから。
しかし彼は毎日、同じ時間にホテルの前を通った。彼女はそれを毎日見ていた。
季節が初秋から初冬へと変わっても、それは決して欠かされることはなかった。
そして、やっとその日が彼らに訪れる。
彼はいつも帰りは別の道を使っていたのか、行きに見るだけで戻ってきたところを彼女は見たことがなかった。
いつものように出窓に座り、下を眺めていたとき。遠い角から一人、歩いて来る者がいる。ああ、あの人かもしれない、と彼女は思った。彼女は夜にこの道を連れもなく歩く人物を一人しか知らない。
そういえばあの人が向こうから帰ってくるのは初めて見たわ、と心の中で呟いたとき、それは不思議なほどゆったりと彼女の心に溢れてきた。まるで、蜂蜜を溶かした温かい牛乳を、そっと寝る前に喉に流し込んだときのように。
そのとき初めて、彼女は彼に興味を持ったのだろう。口許には柔らかく笑みさえ浮かべていた。
ところが続けて起こったことに彼女は目を大きく開いて立ち上がる。
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