70人が本棚に入れています
本棚に追加
~ある殺人鬼の話~
秋も終わりに近い夜のこと。
朝からぐずついた天気だった空からは、予報より遅い時間に雨が降りはじめ、夜の街を少しずつ濡らしていった。
街を行き交う人の息は白く、雨に濡れると体は真冬のように冷えた。
傘の花がネオンや街灯の下に咲き出したが、そんな中を傘も差さずに走る男がいた。
傘を忘れたのか、家路を急いでるのか、男は黒く汚れたジーンズに黒い長袖のパーカーのフードを目深き被り息をあらげ、大通りから一歩入った先の寂れた商業ビルの並ぶ路上をひた走る。
人気もなければ街灯もまばらな道を辺りを見回し、時折ふいに道からでてきた車のテールランプに動きを止めたり、人影を見ると急に進路を変えたりして走りだす。
男の動きはまさに
異様且つ、挙動不審
そんな男の後を紺色の制服をきた二人組が走ってきた。
男は足音に振り替えり、その姿を見るや否や一心不乱に猛ダッシュ。
そして、男はとある建物の中へ吸い込まれるように逃げ込んだ。
ゼイゼイと息の上がる肩を揺らしながら、扉からそっと外を覗くと先程の二人組が白い袋を手に建物の前を走り去った。
どうやら夕食の買い物に出掛けたガードマンが雨に降られ慌て会社へ戻る途中だったらしい。
でも、男にはそんなことはどうでもよかった。
男にとって大事なのは自分を追いかけてくる人間がいれば、今のようにただ隠れるだけ。
男は恐怖していた。
人の目に、人の影に、足音に。
それは男に人に言えぬ疚しい所があったからに他ならない。
人から追われるような……
が、実際の所、男を追う人間は現在いない。
男だけが、追われていると思っているだけだ。
何故そんな事を思ったかと言えば、それは男の左手に答えがある。
男の左手にはナイフが握られていて、その柄の付近には拭いきれていない血痕がついていた。
それは男が殺しをしたものであることを指し示す確たる証拠だった。
男は、殺人者だった。
しかし、先程も述べたように男を追う人間はいない。
なぜなら、この男が殺人者であると知っている人間はこの男に殺された人間と、この男…それから、この建物の主だけでだからだ。
最初のコメントを投稿しよう!