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あの日。
小学校六年生の夏休み。俺は、母親に連れられて、いつものように伯母の家に泊まりに来ていた。
伯母の家は田舎の農家で、少し歩くと、そこはもう木々の茂る山の中だった。
むせ返るような緑の匂いの中、夢中でそこら中を駆け回り、時を過ごす――。
そんな日々。
そして、いつしか響き渡る、ヒグラシの声。
夕暮れの蝉時雨に我に返ると、空は朱色に染まっていた。
山と山の間に沈もうとする赤い太陽に照らされて、俺は、自分が見知らぬ場所にいることに気付いた。
だが、俺は、不思議と不安には思わなかった。
景色が、普通の感情を抱かせるには、あまりにも圧倒的にキレイすぎたからかもしれない。
それはともかく、俺は、ヘンに落ち着きながら、ぶらぶらと腰の辺りまで伸びた草の間を歩き続けた。
雑木林と雑木林の間にある、ささやかな草原。
それすらも、朱く染まっている。
すぐ近くで、せせらぎの音。
俺は、流れる川の気配に引き寄せられて、茂みをかき分けた。
そして、俺はそこで、彼女に出会ったのだ。
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