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日時、2004/05/22
場所、静岡県I市
I市であった祭の取材の際に泊まった民宿の外で、一人の女性を見た。
朝8時、起きて散歩がてら民宿の外に出ると、一人の女性が道路の脇に立ち、しきりに遠くを眺めていた。
歳は二十代半ばから後半だろうか、髪を短くした目の大きな、美人と言うよりは可愛い感じのする女性だった。
(誰か来るのを待ってるのか?)
すると彼女は、すぐ後ろの家の引き戸を開け、
「かあさん、お兄まだ来ないよ」
と叫んだ。
「まぁちゃん、お兄も忙しいんだから、すぐにはこんよ」
奥からは母親らしき声が聞こえる。
「そうかねぇ」
「それよりまぁちゃん、あんまりウロウロしてると危ないから」
「はーい」
まぁちゃんと呼ばれたその女性は、返事すると家の中へ入っていった。
私はなんとなく、その姿を微笑ましいなと思いつつ、天竜川の方へ足を進めた。
少し土手を歩き、民宿に戻ると、先ほどの女性がまた道の脇から道の奥を眺めていた。
(まだ来ないのかな?)
私はそう思いながら、民宿の玄関に足を向けると、ちょうど、振り返った彼女と目があった。
軽く会釈をする。
「おはようございます」
明るい声が返ってきた。
「おはようございます。いい天気ですね」
「本当に」
「誰かお待ちですか?」
「えっ?」
「いや、先ほどから何度も道の奥を見ておられたので」
「あぁ。えぇ、お兄が来るんです。あっ、お兄って言っても本当の兄じゃないんですけどね」
女性はそう言って微笑むと家の中に入っていった。
私は「ふぅん…」と思いつつ、民宿の扉を開けた。
雪駄を脱いで、玄関をあがると、目の前に、板場から覗き込んでいる大将と目があった。
「お客さん、今、魚が焼きあがったところだ。飯にするから部屋で待っててくれ!」
「あぁ、ありがとうございます。あの…」
「ん、なんだい?」
私はあの女性の事を尋ねた。深い意味があったわけではない。世間話の延長のような感じだった。
「いま、表で女の人と会ったんですよ。まぁちゃんって…」
「あぁ、中津さんとこの…。あの子も可哀想にねぇ…」
私は大将の口から出た『可哀想に』と言う言葉に違和感を覚えた。
「可哀想…?」
「だって、あの子に会ったんでしょ、お客さん?…あんな事がなければねぇ…」
「ちょっとアンタ!」
その時、二階から降りてきた女将が私たちの会話を遮るように声をかけた。
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