それも愛と呼べるなら

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  瑞希が一通の手紙だけを残して俺の目の前から消えてから、ざっと1、2年は経っただろうか。 最近は時間の感覚があまりない。きっと心臓を貫かれる瞬間まで、長い間生きてきた…それに、これからも生きて行くからだろう。 いつもと同じ。 仕事で潰される日々。 食料はその辺を漁らせて貰っている。──食べずとも死ぬことはないが、やせ細っていくのは御免だ。 「……あ、もしもし。マキさん?…うん、そう、僕だよ。それが今日寝坊しちゃって…沢山構ってあげるから、店前同伴お願い出来ないかなぁ?」 手の平の上で香水を転がしながら、努めて可愛らしい声で言う。 この声は気持ち悪いが…夜の世界で生きるためには必須なものだと思っている。 ──少なくとも、俺には。 「……ほんとに?やったぁ!最近マキさんに会ってなかったから、僕嬉しいな。…待ち合わせ場所はねぇ……」 調子良く囁いて、電話を切る。 手の平の上の香水は、内ポケットの中に滑り込ませた。 今でも 本音を言える奴が 傍に居れば と思う。 ふと顔を上げると、思いもかけず…見慣れた横顔がちらりと人混みの中に見えた。 髪型は変わっていたものの、忘れることのない笑顔が──俺の視界に入った。 まさか、と思う。 俺は一瞬だけ迷って、駆け寄った。 人混みとなる人間共をかきわけて、それに近付こうとするものの、あまり上手くいかず…俺は彼女の名前を叫んでいた。 「瑞希!」 ふわっと髪を揺らしながら、見慣れていた顔が、驚いた様子で振り返った。
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