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はぁ、と息を整える。
マキの待ち合わせ場所とだいぶ離れてしまった。
…迷子になった、とでもメールを入れておくか。
携帯を取り出したら、何故かさっき見た光景が脳裏に浮かんだ。
──左手の薬指に、光るもの。
首を振る。
瑞希は人間だ。
彼女には、吸血鬼とよりも…平凡で幸せな人生を送って当たり前なのだ。
そうは言っても。
まさか本当に何もかも覚えてないなんて思わなかった。
例えば演技だったにしても、あの目の色は──本心以外の何ものでもない。
肝心の言葉が言えなかった。
瑞希を愛してるということ。
──相手は忘れているのに、俺が何を言うことが出来る。
思ってから、舌打ちをする。
俺はそうやって逃げてばかりだった。
失いそうなものが、あまりに大きすぎたから。
細い糸なんかじゃなく、しっかりと…この手で繋いであげていれば良かったんだ。
糸が切れたら、もう終わりなのだと…最初から解っていたはずなのだから。
糸が切れても傍にいられる程、強くはないと…解っていたはずだったのだから。
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