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何が起こったのか、頭がついていけない。
あたしはただ、理子の目尻から零れ出た一筋の涙を見詰めていただけだった。
「…話すべきことは話したようだな。」
「……アラン」
「…そんな目で見るな。最後に心臓を破裂させただけだ。」
アランは言いながら理子の横に屈んで、開いたままの瞼に手を覆って、そっと閉ざした。
「酷、い」
「酷くはない。──お前を守るためには仕方がなかった。」
頭の中で、か細かった何かしらの糸が、音を立てて切れた気がした。
「そんな形で守って欲しいわけじゃない…人が死ぬのに、仕方ない理由なんてあるわけがないじゃない!」
月明りがなくなってきた。
潤んだ雲がすぐにも、この街の空を績めつくしそうだった。
「瑞希」
「嫌だ…だって…理子…」
「瑞希」
「止めて!触らないで、近寄らないで!」
手を伸ばしたアランに携帯を投げ付けると、アランの動きが一瞬止まった。
携帯が滑る鈍い音が木霊する。
その携帯は──あたしをアランに、いつでも会わせてくれた。
だけど…今は理子を殺してしまったアランに対して、あたしには恐怖しか感じられない。
──だって、アランはいつだって、あたしに優しくしてくれた。
なのに、理子を殺した時の瞳は、あまりにも冷酷すぎた。
「…………………。」
「理子はあたしの友達だよ……アランに人の命を奪う権利なんて、ひとつもないんだよ」
黙ったままのアランの足下が揺らいだ。
何も見えなくなってしまえ。
嫌なこと悲しいこと苦しいこと、全部全部見えなくなってしまえばいい。
──そうすれば、楽になる。
なのに、理子の血だけは鮮明に見えるような気がしてならない。
「…瑞希を守るためなら、何でもする。」
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