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あたしは、ひとつため息をついてペンを置いた。
コトン、という音が部屋に寂しく響いた。
「……さよならなんて…言えないよ…」
ぽつりと呟きながら、手紙を封筒の中に入れる。
──そう。
さよならを言えない、ただの弱虫で甘ったれのあたしだから、こんな形でアランに伝えることしか出来なかった。
「…大好きだったのになあ」
封をして、じっと宛先の欄を見詰めて…あたしはまたペンを手に取った。
欄の中心に、少しだけ考えてから走らせる。
「…うん。アラン馬鹿じゃないから、読めるよねっ」
──便せんとセットの、夕空の封筒。
あたしはそれを掲げて眺めた。
ぱさりと机の上に置いて、今日取りに行った大量のクリーニングの袋を机の脇に寄せる。
…明日、忘れずにそこへ行けるように。
暗い部屋の中には、あたし独り。
この間までは…狭いのに理子と一緒に暮らしてたんだ。
理子が居なくなってから、やっと寂しいとか思うようになってきた。
帰ってきても迎えてくれる人はいなくて、当たり前だけど電気はついてなくて──
そこまで考えて、あたしは首を振った。
脳裏に、コンクリートに咲く赤い花が浮かび上がる。
ずきん、と頭が痛む。
あたしはその痛みに微笑んで、こめかみを押さえた。
──解ってる。
大きく伸びをして、カーテンを引いたら、空には大きな満月が浮かんでいた。
街灯に気おされながら、それでも自らの光を放っている。
あたしを守るためには
あなたを守るためには
相当の犠牲がいるんだよ
それは
あたしの記憶かな
あたしの記憶を失って
どうやって、あなたを守れるのかな
──自分勝手でごめん。
仄かな月明りに照らされた封筒には…あたしの精一杯の想いを込めて。
『To Alain with love』
──アランへ、愛をこめて。
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