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エマ・ナックは化け物ではないのか。
そんな噂が魔術学園シルフィーで流れ始めたのは、少し前に起こった事件から一週間が過ぎた頃だった。
シルフィーの天才生徒の一人、エマ・ナックは、その事件を企てた者から、ここ、ガシャナクを守った英雄だ。
彼が何故こそこそとそんな陰口を叩かれなければならないのか、とシルフィーの教諭、ファリミトル・ラクトは不機嫌だった。それは顔に出ており、すれ違う者皆がこちらを振り向いた。美人は怒っても美人だなぁ、と。
「おはようございます、ファリミトル先生」
後ろから声をかけられた。振り向いてみると、そこには黒髪の少年と少女。二人ともシルフィーの生徒だ。少年の方は言わずと知れたエマ・ナック。マントを羽織り、腰には一本の剣。歳の頃は16といったところ。
エマと手を繋いでいる少女が口を開いた。
「おふぁようございま~す」
眠そうに言うこの少女は、エマの妹である、マーフィル。黒いワンピースを着ており、どう見ても子供だ。実年齢は10歳である。
「……おはよう、エマくん、マーフィルちゃん」
おや、とエマは思った。ファリミトルはエマの幼馴染みで、いつも敬語で話すと怒るのだ。彼女が教師だからエマは敬語を使うのだが、どうもそれは嫌らしい。
ファリミトルが教師でエマが生徒なのは、シルフィーの方針による。シルフィーは毎年、生徒の中からこれと思った生徒を教師にする。ファリミトルは嫌がったが、どうやっても結果は覆らなかった。
「あの、さ、エマくん」
ファリミトルの声は震えていた。それぐらいエマにも分かる。
「なに?」
「えーっと……なんでもない!じゃあね!」
止める間もなく、ファリミトルは走り去ってしまった。なにを言おうとしたのだろう、とエマはしばらく頭を悩ませたが、マーフィルが袖をくいくいと引っ張ってきたので、思考停止。
「お兄ちゃんお兄ちゃん……」
マーフィルはなにかを閃いたような表情。やはり眠そうだ。
「ファリミトル先生さ、あの噂の事、気にしてるんじゃない……?」
「ああ……成る程ね」
あの噂――エマが化け物ではないか、というアレ。
「今日は依頼もなさそうだし、いい加減うざったいし、やるか」
「そだね……。皆の驚く顔が目に浮かぶよ……」
エマとマーフィルは、教室に向かった。
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