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紫煙が車の少しだけ開けられたウィンドウから筋をつくって外の闇に消えていくのを、私はずっと見つめていた。
彼の口から吐き出された煙が窓へ吸い込まれていく。
わずかな匂いが助手席にも漂ってくる。
彼も私も何もしゃべらなかった。
彼は信号待ちの間に煙草の火を消した。
帰したくない・・・。
あの女のもとへ帰したくない・・・。
耳の奥でリフレインする想い。
「帰ろうか。」
あなたのその無情で静かな問い掛けに、私はうなずくしかなかった。
気づいているくせに・・・
何もかも知っているくせに・・・
あなたたは何も言わず、何も答えず・・・
なんてずるい男なんだと罵ってみるけれど、あなたの白いシャツに、とっくの昔に目をくらまされている私にはもう、恨むことなんてできないのに・・・。
開けられたままの窓から車内に残った煙の匂いが逃げていくのを感じた。
できることなら私も全てを捨て置いて、この空気と一緒に小さな窓の隙間からこの暗闇の中に吸い込まれて消えてしまいたいと思った。
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