4人が本棚に入れています
本棚に追加
<人は幸せに気がつかない>
かすがは、顔を冷えた風に撫でられても佇んでいた。
戦からほうほうの体で逃げ出した姿は、喩えるなら満身創痍。
所々装束は破れ、そこから覗く絹のような肌のうえには、擦り傷や裂傷が走っている。
そんな姿でも、彼女は気丈にも痛みを押さえそこに佇んでいた。
目の前には、薄氷が張った透明な湖。
寒い。
しかし今となっては、かすがの隣りには手を握ってくれるあの緑色の忍も、美しい主もいない。
「 」
名前を呼んでみる。
隣りからは返事が帰ってこない。
彼女が裏切ってまで仕え、命を懸け守った美しい主は、つい先程に「しぬな」の言葉をの言葉を残して武田との宿命の決戦を敗し、彼女をなんとか逃がした後、果てた。
冷たく当たっても、彼女のことを心配し助けてくれていた忍は、彼女に斬られ息絶える寸前に「死ぬなよ」と残し、散った。
ごめんなさい
彼女は呟く。
貴方が死んだのは、私が至らないせいです。
お前が死んだのは、私が斬ったからだ。
彼女は自責の念が体に絡み付き、重くなったように感じた。
ごめんなさい
いくら謝っても足りない、そんな自責ばかりが体をおもくする。
主もいない、友もいない、
もう私は…
最初のコメントを投稿しよう!