人は幸せに気がつかない

2/8
前へ
/46ページ
次へ
<人は幸せに気がつかない>     かすがは、顔を冷えた風に撫でられても佇んでいた。   戦からほうほうの体で逃げ出した姿は、喩えるなら満身創痍。 所々装束は破れ、そこから覗く絹のような肌のうえには、擦り傷や裂傷が走っている。 そんな姿でも、彼女は気丈にも痛みを押さえそこに佇んでいた。 目の前には、薄氷が張った透明な湖。 寒い。 しかし今となっては、かすがの隣りには手を握ってくれるあの緑色の忍も、美しい主もいない。 「  」 名前を呼んでみる。 隣りからは返事が帰ってこない。   彼女が裏切ってまで仕え、命を懸け守った美しい主は、つい先程に「しぬな」の言葉をの言葉を残して武田との宿命の決戦を敗し、彼女をなんとか逃がした後、果てた。   冷たく当たっても、彼女のことを心配し助けてくれていた忍は、彼女に斬られ息絶える寸前に「死ぬなよ」と残し、散った。   ごめんなさい   彼女は呟く。   貴方が死んだのは、私が至らないせいです。 お前が死んだのは、私が斬ったからだ。   彼女は自責の念が体に絡み付き、重くなったように感じた。   ごめんなさい   いくら謝っても足りない、そんな自責ばかりが体をおもくする。   主もいない、友もいない、 もう私は…
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加