東京、赤きに沈む

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ここはどこだ? 辺りは暗く、静まりかえっている。 答える者はいない。 埃臭い。煙臭い。 働く感覚は嗅覚だけのようだ。 他の感じる部分が砕けてしまったからか、敏感になった嗅覚が必死に他を補って主張する。 “火”を連想させる埃臭さと煙臭さ。何も見えない、故に恐ろしい。 なんとなく自分の置かれた状況がわかる。 “死”が大きな口を開けて自分を待っている。 底知れぬ恐怖から逃れようと、天城幸人(アマギユキト)は身体を捩らせた。 必死に足をバタつかせ、闇を掻き毟り、幸人は何かを掴んだ。 無機質な黒と鋼の世界には存在し得ない、熱を持った柔らかい何か。 幸人はワラにもすがる思いでそれを手繰り寄せた。 同時に香る埃臭さ、煙臭さに混じった、石鹸とシャンプーの甘く、優しい匂い。 凍り付いた感覚がじんわりと溶け、黒だけの視界が色彩を帯び始めた。 すぐ近くで誰かが小さく呼吸をしている。 酸欠で惚けた頭が覚醒した時、目の前に広がる光景を見て、声にならない悲鳴を上げた。 「……ッ!!!」 触れるか触れないかの距離にあったのは少女の顔。 そう。バス停で会った娘だった。 彼女の白い肌を見た途端に、自分の感じた物、嗅いだ匂い、そして鷲掴みにした“モノ”の正体を知り、恥ずかしさと申し訳なさで幸人は顔が爆発しそうだった。
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