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「うえッ!? 五分前に出ちまったのか」
西暦二一九九年大晦日、二十三時三十分。
最終バスにふられてしまった天城幸人(アマギ・ユキト)はガックリと肩を落とした。
高校三年の大晦日。当然楽しく年越しとはいかず、幸人は都内の学習塾で年を越すつもりだったのだが、塾の講師も人間である。さすがに塾での年越し蕎麦は不味かろうとの配慮で、なんとも迷惑な時間に寒空の下に幸人は放り出されたのだった。
雪も強くなってきた。
バス停のベンチに腰を下ろす。
「はぁ……寒っ」
手に持っているホットコーヒーを頬に擦り付けてみた。
熱いスチール缶が吸い付き、霜が下りそうな肌をジンワリと溶かす。
「くそォ、買わなきゃ良かった」
幸人はスチール缶に八つ当たりした。
塾の隣のコンビニで買ったコーヒー。
これを買わなければきっとバスに間に合ったはずだった。
「はあ」とため息をついて、幸人は缶のタブに指を掛けた。
その時。
「ひゃあ、やられたァ」
目の前を流れる人混みを掻き分けるように、頭を手で覆いながら一人の少女がバス停に駆け込んで来た。
白いダウンジャケットと、栗色の髪。
少女はこれらにかかった雪をパンパンと手で払った。
「バスはもう行っちゃいましたよ」
幸人は自分と同じ境遇の少女に声を掛けてみる。
「本当ですか? 弱ったな」
それこそ困ったという風に少女は顔を上げた。
ただ、少女が見たのは時刻表ではなく、幸人の目だった。
綺麗な瞳。
優しさをたたえる少し垂れた目の形は美しく、そして何より幸人の心を奪ったのはサファイアの様な蒼い瞳だ。
思わず見惚れてしまった幸人は慌てて目を伏せた。
嫌な気分にさせただろうか。幸人は少し顔を上げて少女の表情を伺う。
だが少女の目はすでに自分ではなく、地面に向けられていた。
「あんまり白くないんですね」
少女は笑った。
「何が?」
「雪」
雪の白さに疑問を持った人を初めて見たかもしれなかった。
「黒ずんでる」
成る程、東京の雪なら排ガスやらゴミやら吸って黒ずんでいるはずだ。
どうやらとんだ田舎娘らしい。
「どこに住んでるの?」
幸人は少しベタな質問を振ってみる。
少女は雪を触りながら答えた。
「月」
驚いた。
地球と月との関係は過去最悪まで落ち込んでいるからだ。
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