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「なんやて?自由の女神が見たかった?」
星風クルーの男達の何かを期待したような質問攻めに遭っているアキを眺めながら、千代はそう言った。
「らしいぜ。で、極度の方向音痴の幸人は見事に迷ったって訳だ」
言いながら笑う信也を見て、千代は溜め息をついた。
「アホやな~」
「本当、あいつはアホ野郎だわ」
「ちゃうちゃう」
顔の前で手を振り、千代は天井を指差した。
「自由の女神は真上や。どないしたら迷うねん」
エリア0はニューヨーク全域の地下に張り巡らされるおそらくアメリカ最大級の広さと深さを持つ地下要塞。
星風のあるフロアはちょうど自由の女神の真下に位置しているのだ。
「え!?じゃあ……」
「このフロアのエレベータ使えば自由の女神様んとこまで一直線やったんや。わざわざ正面玄関から出ていくアホおらんで?」
「…………」
「…………」
「…………あいつらには内緒って事にしといて……」
「酒呆で雪見だいふくおごってもらおか」
「ちくしょ~。後で幸人にポテチおごらせてやる」
苦笑いを浮かべながら信也は幸人やアキ達の方へ歩いていった。
多分、彼は自分で話してしまうだろう。と、千代は思う。
この艦はとかく正直な連中が多い。
それは人を疑う事が出来ない……というより、自分の心に真っ直ぐである結果に他ならないとも思えた。
決して阿呆ではなく、頑なではない。
溶け込み、疑り、裏切る事を繰り返してきた自分とは根本から違うのだと千代はこの一ヶ月、もう何度目かもわからない諦めを抱いた。
出来ればあの中に入りたい。下心無しで、楽しくお喋りがしたい。
決して話が下手な方ではないと自信があるのだから。
「吉崎」
背後からかけられた冷たい声に、千代は飛び上がった。
振り向いた先にはカシワ重工の上司、三谷竜司が立っていた。
うなじで縛った長髪をなびかせ、三谷は言う。
「さすがだ。このまま上手くやれよ……邪魔者は消す。大竹准尉には申し訳ないがね」
「……はい」
「我々の夢、WT“タイプ扶桑”の現実がかなったお礼をして差し上げなければならんのだから」
と付け足した三谷に、千代はただ「わかってます」と答えるしかなかった。
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