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その晩、会社員のロバート・エルハイゼンは急いでいた。
午後八時……二分前。
妻との結婚二十周年を祝う為、アイスショーのチケットを握っていた。
二十五歳で結婚した彼には今年十八になる愛娘サーシャがいる。
未だに「パパ、パパ」と慕ってくれる、優しく、そして母親譲りの美しい自慢の娘だ。
そんな娘も、ここの所よくわからない街のチンピラに入れ込んでいて四十五のロバートの悩み事の一つになっていた。
あの子に限ってまさかなんて事は無いと信じているが、その点についても今夜、最愛の伴侶アイシャとたっぷり話し合うつもりだ。
こういう悩みも、ロバートはむしろ好意的に受け取っている。
幸せな事ではないか。
最愛の妻と可愛い娘の将来について頭を抱える……仕事にも脂が乗ってきて、今が人生で最高の時期なのだと走りながら顔がにやける。
彼はふと足を止め、空を見上げた。
星の無い夜空に気味の悪い紅い月が出ていた。
その月を背景に、アメリカ合衆国の誇りである“彼女”がリバティ島に立っている。
アメリカ人なら誰しも、“彼女”にナショナリズムを擽られるものだ。
“彼女”を愛し、自国の歴史を愛するところから、我々アメリカ人は始まるのだと思う。
ただ、今や“彼女”はナンバースリーの座に甘んじている。
アイシャ、サーシャ、そして彼女。
許せ、貴女よ。
前方に顔を戻す。
二十年前のプロポーズの場所で、アイシャは待っていた。
いつにも増して美しいアイシャ。
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