東京、赤きに沈む

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「地球は危ないよ」 何も知らずに来たらしい少女に幸人は声を潜めて忠告した。 「知ってる? 【月面都市連合】と【国連】の仲がめっちゃ悪いって」 “ある事件”から、月面都市連合と、国連、特にアメリカとの溝は埋めがたい物だ。 地球でも反月運動が例年になく活発化している。東京でも月からの女子留学生が乱暴された事件があったばかり。 夜更けに、しかも楽しく新年を迎えようと若者でごった返した港区を月の人間が歩いていては危険である。 という事を彼女に伝えた……のだが、彼女はもう聞いていなかった。 「……何かな。変」 周りをキョロキョロしながら少女は独り言のように呟く。 「?」 バス停の外は相変わらず雪。 様々な色の傘が右から左、左から右へと流れていく。いつもと変わらない猥雑な帝都東京の街並みである。 「何も変な事は……」 「ない」と言い掛けて、果たせなかった。 少女が幸人の胸元を引っ掴み、突然走りだしたからだ。 「なッ!?」 「走って!」 有無も言わさずとはこの事だ。 鋭い声に圧倒される形で幸人は彼女に従った。 人がクスクスと笑っているのが聞こえる。 それはそうだろう。 周りから見れば、何事にもはっきりしない彼氏が、気が強くて姐御肌の彼女に街を引っ張り回されているようにしか見えない。 裏路地に入ったところで幸人は彼女の手を振りほどく。 彼女は小さく悲鳴を上げてしりもちをついてしまった。 「いっ、いきなり何するんだよ!」 「ごめん! だけどここじゃダメ! 離れないと!」 少女はすがるような目付きで幸人の手を引く。 「君は……」 幸人は何気無く表通りを振り返った。 ライトアップされた赤いトンガリ帽子が見える。東京タワーだ。 もう三百年も前に造られた電波塔で、もう使われていないが何度も補修され、現在まで天高くそびえ立っている。 東京タワーに備わる巨大デジタル時計は二十三時五十九分。 いつのまにか年越しまで一分を切っていた。 「お願い! ここは危険なの!」 「待って、年越ししてから」 どこかで「六、五、四」とカウントダウンする声が聞こえた。 幸人も心の中で数える。 「零……」 幸人の中で、そして日本中でカウントが零になった。 二二○○年到来。 「明けましておめでとう」 幸人は少女を振り返ろうとする。 そこで幸人は見た。 天を割った赤い光を。
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