カンバス。

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火曜日の講義。 「なかなか一皮向けないなぁ。」 課題の静物画に集中する僕の背後で、微動だにしなかった講師がようやく口を開いた。 「すみません…。」 とりあえず謝るのが、美郷にも指摘される僕の悪い癖。 「お前には気迫っていうか…自己顕示欲の欠片もないんだよな。」 「すみません…。」 講師は呆れた様子で隣の生徒に指導を始めた。 僕には僕なりのペースがある。不器用だから進化の過程は牛歩でも、思い描く到達点はある。 中学生の時に油絵と出会って、隠うつで暗闇だった世界に光が射したんだ。 そんな言葉を飲み込んで、再び花瓶にいけられた百合の風情に意識を戻す。 「気にすんなよ。厭味なんだ、アイツっ。」 講義が終わって教室を出ようとした僕の上着の裾を掴んで、美郷が耳打ちする。 「私、テルの絵好きだよ。」 また、救われた。
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