遙か北に微笑みかけて

6/15
前へ
/596ページ
次へ
正直、オルコアは自分が魔女に「生きたい」と答えた覚えはなかった。 自分の命は魔王封印時までと思い込んでいたから。 ゆえに、この先どうすると聞かれても、自分が聞きたいくらいだった。 そこへもってきて、養子縁組…… 判断に苦しむのが正直なところ。 そして、オルコアはどうしたものかと辺りを見回し、ハッと大事なことに気づいた。 無意識に…… 本当に無意識に探してしまう。 ずっと連れ添ってきた大切な…… 「私……は…………」 急に不安顔になってしまったオルコアに気づいて、エディスは怪訝そうに首を傾げた。 いきなりどんな心情の変化がオルコアに起こったのか。 それを読もうと、エディスはじっとオルコアの瞳を見つめる。 やがて、オルコアは静かに言った。 「私だけが生きるなんて、許されない」 ビクッと、エディスの表情が凍り付いた。 そしてそれは驚いたのではなく、そういう気持ちが起こることを予測していた、まさにその時を迎えたことに際しての緊張だった。 「オルコア様……」 「私は、大切な命を犠牲にしてしまった。私だけが……」 「違います!」 エディスの声は、思いがけなく厳しく響き、オルコアのことばを遮った。 驚いて振り返ったオルコアに、今度はとても穏やかな声で、エディスは語りかけ始めた。 「オルコア様……カレン様は、あなたに生きて欲しかったのです」 「え?」 「魔女様が仰っていました。魔王の封印の時に、この世の命の器から一つの命がこぼれることは決まっていたと。それはカレン様もご存知でした。 カレン様は、あなたに危険が迫った時、あなたを助けるためにその身を投げ出され、その時に一つの願い事をされたのです」 ふわり…… と、窓から優しい風が入り込んでくる。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 願わくば この清き命を お救い下さい 大切な この命を お救い下さい 私が代わりに この命を差し出しましょう だから どうかこの命を お助け下さい ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 「カレン様は、一つこぼれる命のために、自らを差し出されました。 あなたに、生きて欲しかったからです」 このエディスのことばを聞いたオルコアの脳裏には、カレンディーナのいたずらっぽい笑顔が溢れるほど沸き上がってきた。
/596ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5719人が本棚に入れています
本棚に追加