8/8
前へ
/31ページ
次へ
クラー・コースを尊敬していたひとりのギター職人のもとに、偶然が重なって“ソミア”がやってきた。 尊敬と同時にコースマニアだった職人は、初めて女性を愛でるようにそっと、じっくりとギター見入った。 眼は恍惚、まさに愛撫をかされるように、瞼は半開きで瞬きは早かった。 「これがコースのギターか」と何度も呟いた。 そして自分に、同じものは作れないとも思った。 自分だってかなりの腕と称された存在なのは自覚していた。 このギターさえなければ自分が『伝説』にとって替われる。 眼がみるみるうちにサディストのようになった。 息づかいが荒くなった。 これさえなければ、これさえなければ…。 職人の手には手近にあった、ガラス製の重い灰皿を握った。 これさえなければ、これさえなければ…。 …思いきり振りかぶった。 その残骸の第一発見者はその土地の富豪者だった。 ギター職人が“ソミア”を手に入れたと聞き、どうにか手に入れようと交渉にやってきて、扉を叩いたが返事はなく、鍵が開いてあったので、入ってみたらそれを発見した、という。 ギター職人の謎の死は、不可解に思われながらも忘れ去られ、迷宮入りになった。 富豪者は“ソミア”を探したが、何処にもなかった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加