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人込みはさっきより増えたように思える。
奏と早紀は人を掻き分けて人込みの中心へ辿り着いた。
そこにはぼろぼろのマントのような服をまとい、濁った色の帽子をかぶった栗色の髪をし少し煤けたギターを持った同い年か少し上の青年が座っていた。
奏はじっくりと青年の顔を見た。
帽子で隠れてよく見えないが、一瞬目が見えた。
綺麗で青く、優しそうな目。奏は少し見とれていた。
「早く始めろ!」後ろ側から少し大人目な鈍い声がした。
青年は何も言わずギターを構えた。青年が息を整えるのが聞こえた。
指が出る手袋をした左手で二弦三弦を押さえる。指はなめらかにいくつかのフラットの間と弦を当てた。
右手は弦をゆっくりと弾き出した。
弾いた…というよりも優しくなではじめた感覚だ。
ガヤガヤしていた空気が一転、さっと静まり返った。
このギターの音色はどこまで届いているのか…。
道行く人も足を止める。
走る車の音がかなりうるさく感じる。
一弾き一弾きの旋律。
物悲しいけれど、何か胸の奥から湧きだしてくる美しく、壮大な響き…。
体全体を包んで行く。
ギターの本当の歌を聞いているような感覚だ。
一瞬、時を忘れた。
ここにいる誰もがそう思っているに違いない。
早紀も曲に耳を澄ませている。
今の今、ここに優しい居心地が確実に存在した。
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