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演奏は続いた。
道行く人の足は止まる一方で、人込みはさらに増えた。
足を止める人達は何も良い人ばかりだけではなかった。
この男、吹野巌というが、かなり悪どく商売をする古美術商である。その知識は広く深く、金儲けの為なら何でもするヤツである。
出で立ちもインテリ眼鏡にチョビ髭、オールバックという、なんとも作ったような顔だ。
そんな男が何の縁かたまたま通りかかった。
もちろん、足を止めた。
吹野は人込みを掻き分けながら奥へ進む。
すでにストリートミュージシャンを囲んでいるというのはわかっていたが、何か予感がしていたのだ。
おそらく長年の勘というか金儲け野郎の本能なのかもしれない。
…まぁ、音楽を聞く事自体は嫌いではないから何もなくとも別にいいか。
そう思いながら吹野はやっと真ん中に出た。
となりにはギターを担いだ女の子がいたが、まず目に着いたのは中心の人物であった。
その青年が弾いているギターを見た瞬間、吹野は水を掛けられたようだった。
嘘だ、まさか…。
吹野は声を出した。
「おい、君!」
演奏は止められた。吹野は駆け足で青年へ詰め寄った。
「おいあんた!せっかくその人がギター弾いてんだ。途中に割り込んで入ってくるな!」
後ろの列辺りから40歳くらいのおじさんが叫んだ。
「そうだそうだ!邪魔するな」と他のギャラリーも騒ぎだした。
「そうだよ!せっかくその人が素晴らしい演奏しているのになんで邪魔をしたの」
奏も声を荒げた。いつ以来の事だろう。
「あなたにコレを止める権利はないよ」
早紀も怒っているようだ。
「ほぅ、やはり何も知らないでこのギターの音を聴いていたようだなぁ…まぁ無理もないか」
吹野はひるまずに含み笑いをしながら奏達に向かって言った。
「少しは詳しいつもりですけどどうかしまして?」
奏が答える。
「教えてやろうこれは伝説のギター職人、“クラー・コース”が造った最期のギター、“ソミア”そのものだ!!!」
その場の空気は一瞬シンとなった。それを裂くように、
「えっ!?“ソミア”って、あのギター界のストラディ・バリウスって言われた!?」
奏は少し興奮したかのように聞き返した。
「やはり知らないのだな。よかろう、教えてやろうではないか。このギターの秘密を」
吹野は淡々と語りだした。
ギターを抱えながら謎の青年の眼はずっと吹野を見ていた。
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