じょうずな愛し方[秋S1]

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馬鹿だな。 声、うわずってる。 唇が、ふるえてる。 相手は寝てるのに。 意味をもたない言葉。 ゆれては消える吐息。 伝えるすべのない心。 こんなに肺が苦しいなんて。 この身体は馬鹿だ。 あたしの頬から彼の頬に滴が落ちた。 馬鹿だ。 「アヤカ」 うめくように、彼が吐き出した名前。 高揚感がしぼんでいく。 「あたしはマナミだよ」 ねえあたしを呼んで。 悔しくて、おもいきり首に歯を突き立てた。 「……なに。どいてくれない?」 答えを求めてない“なに”。 あたしの答えはyesだけでいいのだ。 起き出した彼は、あっさりあたしを押しのけて立ち上がった。 あたしは黙って突き倒された。 「もう帰ったら? 遅くなるし」 送っては、くれない。 知ってる。 あたしは彼を手に入れる代わりに、平等に分け与えられていた優しさを放棄したから。 目の前に広がるのは灰色の天井。 (けっきょく欲しかったものは手に、入ったのだっけ……?) なにを手に入れたのか。 でもつまり、恋は叶わなかったわけで。 あたしは仰向けにベッドで寝転んだまま彼を見上げる。  
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