1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねえ、また呼んでたよ。アヤカさん」
あたしの知らない女。
あたしの世界一憎い女。
子持ちで幸せな家庭持ち。
彼の顔がゆがむ。
「もっかい、しよ? せんせ」
「病的だな」
彼は鼻で笑ってベッド脇の眼鏡をとろうとする。
「やめてよ、眼鏡。嫌いだから」
あたしはまた、つい言ってしまった。
だって気づいたのだもの。
古そうなそのフレームについたロゴは、大昔にすたれた女物のブランド。
ねえ誰にもらったの?
「あと一回でいいんだったな?」
冷たい彼の、熱い怒りを感じる。
それに興奮するあたしはたぶん、そうとうイっちゃってる。
▼02
あれは秋の日の午後だった。
視覚を刺激する。
外で枯れた葉の落ちる、窓が背景で。
嗅覚を刺激する。
たくさんの薬品の混ざった匂い。
鮮明に記憶へ焼きつく。
彼のテリトリーは独特だった。
――失礼します。
『はい、いらっしゃい。ハジメマシテー。一年生? そこの来室届け書いてネー』
ずっと憧れていた保健室の先生。
淡い茶髪とタバコくさい白衣。
よく似合う、黒い縁のメガネ。
その独特な存在感にただ、ほんの少し近づきたくて。
――初めましてじゃないよ。ねえ大沢先生、“アヤカさん”って誰? 先生の恋人?
最初のコメントを投稿しよう!