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「そこで何をしておる、光秀」
城の天守閣から、身を乗り出すようにして景色を眺めていた光秀に、元就は何気なく問いかけた。
「あまり身を乗り出すと墜死しかねるというのに…貴様はいつも……」
無表情のまま何も答えず、ぴくりとも動かない光秀に、元就はつらつらと説教のように話しかけ続ける。
高松城の天守閣。
そこは、毛利元就が君臨する城の最上部。
そんな場所に、敵とも言える明智光秀がこうしていることには理由があった。
1582年 本能寺で光秀が信長を討った、その次の日のことだった。
光秀は、重傷とも言える傷を負いながら、信長を倒してから一直線にここ、高松城へやってきた。
度々訪問しては、会話とも言えぬ会話を元就と交わしていたせいか、誰よりも元就を頼っての訪問だった。
城に着き、元就に端的に事情を話してすぐに、光秀の意識は途切れ、その後、元就の命で処置が施され、今、天守閣に身を潜めつつ傷を癒しているのだった。
そうして光秀がやってきてから幾日過ぎただろうか。
元就も驚く程の回復力で瞬く間に元に戻っていく光秀は、本能寺での出来事の真相を語ろうともせず、殆ど1日中、こうしてただただ景色を眺めているのだった。
「何が見えるというのだ。自然は豊かなれど、貴様が見とれるようなものは無いであろう」
何度目かの問いかけで、元就はこう言った。
すると、今までずっと会話を拒み続けていた光秀が、乗りだしていた身をゆっくりと元就の居る方向へ向け、まるでか細い息のような声で、こう応えた。
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