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「元就公」
数日後、光秀の傷は大方癒え、何不自由なく動けるほどにまで回復をしていた。
それこそ、周りから「本当に死神ではないのか」と言われるほどの速さで。
「何だ、光秀。貴様にやる時間など我には存在せんぞ」
「承知しておりますとも。理由は──豊臣、ですよね─?」
「!!」
何も知らせていないはずの光秀の口から、今自分が手を焼いている相手の名が出てくることなど予想だにもしていなかった元就は、伏せ気味だった顔をバッと上げ、自分の近くに立っている、白く黒い死神と呼ばれる男の顔を見た。
「知らないとでも思っていましたか? 私はこれでも元織田家家臣…織田の次を担おうとしている者が誰かなんて、分からないはずが無いでしょう?」
少し、くすくすと笑いながら、ゆっくりと腰を下ろしながら口にした。
「大丈夫ですよ。貴方が手を焼くことは、きっともうすぐ終わりますよ」
何食わぬ顔で、それでいてどこかに何かを秘めている雰囲気で光秀は続ける。
元就はといえば、ただただふらりとしながら不敵に笑う男の言葉を聞いていた。
「では、元就公…私が貴方に言いたかったのはこれだけですので……」
今度は不似合いな明るい笑顔をその顔に乗せて、尚且つ少しを覗き込むようにそう言って、光秀はさっさとその場から立ち去ってしまった。
「一体…あの男は何がしたいのだ……いつになっても読めぬ奴よ──」
しかし、数日後に傷が完治し、世話になったと言って城を後にしてからの光秀の消息を知って、元就はあの時の光秀の言葉の意味を、漸くはっきりと理解したのだった。
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