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山の中腹くらいであろうか。人一人が通れる林道の行き止まりには、西を一望出来る少しばかりの平地があった。
まるでベンチがわりのような切り株の足元は、まばらに雑草が生えている。
ちょっとした手作りの展望台のような場所で、男は時間を待っていた。
深い山の連なりの中では、秋の陽が落ちてゆくのもことのほか早い。街中では考えられない速度で時間が経つように思えるから不思議である。
この地に到着してまだ二時間も経たぬというのに、辺りは急に元気を失ったように、宵の匂いを漂わせ始める。
太陽が山に隠されただけでこうも街とは違うものかと、男は感嘆を隠せぬ眼差しで、谷間の向こう、対岸と構える西の山々を眺めていた。深く古びた緑葉は陰と同化していくかのように息を潜めて佇む。幾種類もの、紅葉と呼ぶにはまだ少し早い樹木は、やはり黄味掛かった秋の光に馴染みゆくように、その存在感を消している。
大地と空が分離される人工の空間とはまるで趣が違う。海が空といつしか一体となるように、山もまた、空と一つになろうとしている。
(ここの夜景はさぞ美しいだろうな)
男は空を見上げ、そう思った。
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