序章

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   しばらくの間、男は自らの感覚に全てを委ねていた。自身の思考を封鎖するように、音に、匂いに、空気の手触りに。やがて空想に漂うのである。その繰り返しは、彼にとっては時の流れを堪能できる、恰好の遊びのようなものになってしまっていた。だが幾度目かのそれは、遠慮がちな足音に長くは続かなかった。 「野本様、お迎えにあがりました」  男が振り返るとほぼ時を同じくして、足音の主が男に声をかけた。男よりは少し脊も高く体格も良いその声の主は、穏やかな笑みを見せた。 「もうよいのですか」 「はい、大変お待たせ致しました。旦那様から丁重にお連れするようにと申し遣って参りました」 「わかりました」  野本と呼ばれた男は会釈をしてそう言った。内藤も野本に軽く会釈をし、ゆっくりと来た道の方に体を向けた。内藤を前にして二人は歩き始めた。  
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