9.Up Down Dawn

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「昔、わたしが大輔を迎えに春日さん家に行ったとき……」 「うん」 「その日はいつもより遅くなちゃって、大輔はもうお風呂まで入れてもらって、ちょうど布団に入るときだった」 「……」 「私が帰るよってあんたを起こそうとしたとき、あんたは何て言ったか覚えてる?」 「いや……」 「『ぼくのおうちはここだ』ってね」 「……そう」 「覚えてない?」 「全然」 「そう、じゃあやっぱり寝ぼけてたのかな。でも……私はあんたのあの時の言葉が離れないの」 「いつも夜勤で遅くに時計を見るたび、その言葉が聞こえてくる気がした」 「寝ぼけてたんだ。気にすることないよ」 「でも、あんたにさみしい思いさせてたのに変わりないの。ごめんね大輔」 その謝罪に、オレはどう答えていいのかわからなかった。この家で過ぎていった無機質な時間を、疑った。 それからしばらく沈黙が続いて、またスプーンのかん高い音だけが聞こえ出した。
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