821人が本棚に入れています
本棚に追加
「昔、わたしが大輔を迎えに春日さん家に行ったとき……」
「うん」
「その日はいつもより遅くなちゃって、大輔はもうお風呂まで入れてもらって、ちょうど布団に入るときだった」
「……」
「私が帰るよってあんたを起こそうとしたとき、あんたは何て言ったか覚えてる?」
「いや……」
「『ぼくのおうちはここだ』ってね」
「……そう」
「覚えてない?」
「全然」
「そう、じゃあやっぱり寝ぼけてたのかな。でも……私はあんたのあの時の言葉が離れないの」
「いつも夜勤で遅くに時計を見るたび、その言葉が聞こえてくる気がした」
「寝ぼけてたんだ。気にすることないよ」
「でも、あんたにさみしい思いさせてたのに変わりないの。ごめんね大輔」
その謝罪に、オレはどう答えていいのかわからなかった。この家で過ぎていった無機質な時間を、疑った。
それからしばらく沈黙が続いて、またスプーンのかん高い音だけが聞こえ出した。
最初のコメントを投稿しよう!