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 世界では毎秒四十人程の命が失われているという。命は重いし、尊重されるべきだと、よく人は言うけれど『社会』と言う大きな流れは構わず進んでいく。  結局は人の命はそんな物なのかも知れない。なんとなくそんな投げやりなことを考えてしまう。 「腹減ったな……」  少し寂しくて独り言をこぼしてみると、もっと寂しくなった。もう、返事を返してくれる人はこの世にいないと改めて認識させられたから。  黒川尚人は何をするでなく、ただぼんやりと壁に寄りかかっており、無気力に時間を浪費している。葬式を終えて、一日が経ったが、尚人は未だに何をしようとも考えられずにいた。食事と風呂は三日もとっていない。  ただ睡眠だけは十分過ぎる程にとっている。眠りに至るまでの薄らぼやけた景色の中に彼女の姿が見えるようだから、眠りの中では彼女がいつもと変わらぬ姿で微笑んでいるから。  尚人の胸がずきりと痛んだ。彼女の声を鮮明に思い出そうとして、彼女の喉の骨が脳裏をよぎった。  その瞬間、彼女の声は目に見えないフィルターによって遮られてしまい、少し遠い存在になる。僅かに涙腺が緩み、視界が滲み出して思い出の中の彼女の姿も一緒に滲んだ。  寝よう。そう思い、尚人は目を閉じる。夢の中の彼女に会いたかった。  不意にちゃぶ台の上に放っていた携帯が震え、ガタガタとうるさく鳴った。一昨日からマナーモードにしたままだ。  少しばかりイライラしながら携帯を取り、液晶に目をやる。そこには『会社電話』と薄緑に光る文字が表示されていた。  通話ボタンを押す。一瞬、耳に運ぶという動作を忘れてしまい、向こうの『もしもし』と言う声に慌てる。  なんとか携帯を耳に当てる。そして出来るだけいつもの調子で口を開いた。 「はいもしもし、黒川です。どうもお疲れ様です」  大丈夫だ。声は震えてない。 『もしもし、お疲れ様。黒川? 伊沢だけど明日大丈夫?』  伊沢は尚人の上司だ。今回、急な不幸のために無理を言って有給休暇を三日連続でねじ込んでもらっている。  これ以上は休み続ける訳にはいかない。そう思った尚人はいやいやだが、しかしそれを感じさせない口調で応えていた。 「はい。大丈夫です。明日はいつも通りに出勤します。どうぞよろしくお願いします」
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