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 社会は人が一人二人いなくなっても、そんな些末なことと言うように絶えず流れていく。例え、そのいなくなってしまった人がどんなに大切な人でも、一度その流れに身を任せてしまえば、その瞬間社会の一部となり、流されていく。  つまりはその時ばかりは、自分の都合というものを考える暇がなくなる。そういうことだ。給料を貰っている手前、いい加減な仕事をする訳にはいかない。  尚人は自分の通う会社のロビーにいた。片手には紙コップが収まっている。出勤する前の一杯のコーヒー。この苦味が脳を揺さぶり、目を覚まさせる。  目が覚めたところで一度、今日自分がこなさなくてはならない業務を頭の中で反芻する。そしてある程度のあたりをつけたところで、社員カードを受付横の柱に備えつけられた専用の機械に通し出勤入力する。 「おはようございます。黒川さん」  ひょいと尚人の右側に若い女性が現れる。リクルートスーツに身を包み、髪を後ろで結っている。女性らしい可愛らしさの満ち満ちている彼女の名前は宮前志穂。黒川の後輩だ。二人は会話をしながらエレベーターホールへ。 「おはよう。三日も空けてたから仕事結構溜まってるだろ、俺」  なんとなく尚人は探りを入れてみる。自分の机の惨状を見るより先に覚悟しておきたいからだ。 「大丈夫ですよ。書類の束が三つ四つある位でしたから」  どうやらそんなでもないらしい。エレベーターを待ちながら宮前は尚人が休んでいる間にあった出来事を重要そうな物だけ選び話す。尚人はさらにそこから自分に重要である物を振り分ける。そうしてコーヒーを飲みながらつけたあたりの輪郭を徐々に明確化していく。 「ところで不幸があったそうですけど、大丈夫ですか?」  不意に宮前が尚人の休んでいた理由を話題に持ち上げた。  尚人は数瞬考え込む。 (『大丈夫』ってずいぶんと便利な言葉だな。深く相手の中に入り込まないものの、心配はしているという意思をしっかりと伝える)  日本独特のぼかした言い回しに少しばかり苛立ちを覚えながらも、一言「ああ」とだけ尚人は宮前に返していた。
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