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 この日、宮前は妙に尚人の身を案ずる様だった。何かと仕事の調子を訪ねたり、頻繁に大丈夫かと問いかけたりと、あからさまに休んでいたことを心配していた。 ただ尚人には宮前のその行動が嫌に計算的に見えていたらしい。  尚人は今し方、残業が終わったところだが、残業をしている時にもコーヒーを差し入れたりと宮前は尚人のことを気遣っていた。  煩わしいとも尚人は思ったが、無碍にする訳にいかない。女というのは怖いもので、こういった好意的行動に対して、疎む素振りを見せると、あっと言う間に機嫌を悪くする。そして下手をすればその話が社内の女性中に行き渡り、一瞬で立場を無くす。  そこには論理も正義もない。少しでも気に入らなければ、即ち敵となる。言ってしまえば、それも一種の社会の流れだろう。  尚人は椅子から立ち上がり大きく伸びをする。少し固くなってしまった腰を回すとごきごきと音がなった。  腹が鳴った。朝にはカップラーメン。昼は菓子パンだけで、それ以外は口にしていないために空腹感はかなり大きい。  早く家に帰ろうと思い、次の瞬間には自分の間違いに気付く。家に帰っても夕食は用意されてやいやしない。理由は簡単だ。用意してくれる人がいなくなったからだ。  胸が苦しくなる。大切な人がいなくなったという現実と、例えそれがどんなに大切な人でも腹はなんの遠慮もなく減るという事実にふと悲しくなった。  こうして大切な人がいなくなった世界で、しばらく暮らす内にそれが日常になり、今までの当然を押しのけて新しい当然として自分の中に居座り込むのかと思うと寂しくなった。  握った拳に力が入る。肩が僅かに震えた。 「お疲れ様です。お先に失礼します」  考え込むのは一旦やめにして席を立ち、何人か残っている同じフロアの社員達にそう声をかけると尚人は帰ることにした。その社員の中には伊沢の姿もあった。  窓の外はすっかりと暗くなっており、外の様子を見ようと窓に目をやった尚人の目には、反射した室内としょぼくれた自分の顔が映っていた。
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