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「これで問題ない。しばらくすれば目を覚ますだろう」
一般的な鎮静剤を投与された秋はベッドの上で眠っている。薫の判断で主治医であるセンセーが到着する頃には、立っていられないほど秋は弱りきっていた。
病院という施設があり、そこに所属している以上は出張での医療行為は業務外である。しかし、元々世界を転々としてきたセンセーにしてみれば、そんなルールはしった事ではない。自分の患者が苦しんでいるのだから、自分から駆けつける。
「それで、秋がこうなったのには原因がある」
センセーはそう言って薫に目を向けるが、秋が彼女に精神がボロボロになるまで激高するとは思えない。
選択肢は自然と一つに減り、センセーは初対面となるジーナを見た。
「すみません。私のせいです」
ジーナは深く頭を下げる。
「謝罪を向けるべきは私じゃない。主治医をしているから彼の事は大抵知っているし、そこの薫くんも同様だ。何があったか説明してくれるんだろ?」
ジーナは言うべきか迷うも、ベッドで眠る秋を見て秋にした話を彼女たちにも伝えた。
「……なるほど、秋のトラウマど真ん中の話はいかんな。秋がキレるのも無理はないのだが、解らないのは君の行動だ。組織を辞めるのは分かる。しかしわざわざ秋の学校に教師として潜入する意味はなんだ?」
「最初は謝罪する為に来日しました。でも、正面から彼に向き合うのが怖かった。私は今でも夢に見るんです! あの日の光景を! 家族を失った彼の感情は考えられません。それを向けられるのが怖かったんです」
「それで偽名を使って、学校の教師になったの? それがこの様? いつまで秋を苦しめるつもりなのよ」
いつになく薫の口調は強いもので、ジーナに向けられた思いはその眼光からも容易に読み取れる。
「確かに自己満足かもしれませんが、2000万を渡して御終いには出来ないのよ」
「2000万って……保険金名義で振り込まれたあれの事? 額が契約内容と一致しないから何度も確認したんだけど、アナタ達が裏で手を回してたの? 言っておくけど、秋は両親の遺したお金にもアンタ達のお金にも手を出してないから」
ジーナの言った金額が何を持って算出されたか不明だが、知りたくもない。ただただ事務的処理に薫は怒りを覚えた。
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