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明らかに正常な匂いのしないその風体。
今よくテレビや新聞で取り沙汰されている、育児に病んで精神に異常をきたした母親が境内に入り込んだのだろうか!?
山頂の本堂に参拝して山を下り、橋を渡る手前の柳の下で、池の方を向いて佇むあの女にまた出会った。
後ろ姿に声をかけようかとも思ったが、貴重な休みの残り少ない午後だ。
精神のおかしな女の相手をして攻撃的になられるのもまとわり付かれるのも嫌だった。
それに昔の傷を思い出した今日は、厄介ごとに関わって心乱されることなく穏やかに過ごしたい。
私は女を無視して橋を渡り、駐車場で待っている白の乗用車に乗り込んだ。
運転に自信がないわけではないが、暮れかけて急に視界のきかなくなった、ヘアピンカーブが連続する山道を走るのは心許ない。
前後に走る車のヘッドライトも、しばし視界に入らくなった。
「あれっ!?」
ヘッドライトに写し出されたすぐ近くのガードレールの外に、白い着物ておくるみを抱いたあの女がいる。
見間違える筈はない。
車を走らせてから少なくとも数分は経過している。距離にして何百メートルは走っている計算になるがこんな山道を女の足で、しかも赤ん坊を抱いたまま移動できるのだろうか!?
さらに信じられないのは……
ガードレールの外は切り立った断崖絶壁なのである……
いったい、どうやってそこに立っていられるというのだろうか!?
こんな季節に珍しいが霧(ガス)が出てきたようだ。視界に靄がかかったようにかすんで、見通しが悪い。
ヘッドライトに照らされた数メートルのアスファルトの先が、どう続いているのか全く分からない。
時速を30キロに落とし、S字に曲がったカーブを曲がり終えてホッとした瞬間、またもや道路の端にあの女が立っているではないか!?
そして……
おくるみが開けており、初めて抱いている赤ん坊の姿があらわになる。
その赤ん坊には一番可愛いらしい部分……当然あるべき場所に首がなかった。
僅かな行方を照らすヘッドライトの光りだけで見えるはずはないのに、赤ん坊の首の断面からは千切れた白い骨が覗き、その周りに血の滴るピンク色の肉が盛っているのがハッキリと見えた。
「きゃあぁあぁぁ!!」
どこか他人の声を聞いているような、物凄い悲鳴が口から漏る。
私は驚きのあまり、女と赤ん坊ののいる反対の方向に慌ててハンドルを切った。
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