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車体の運転席横のボディに鈍い衝撃が走る。
女が……!!
赤ん坊が!?
恐る恐る、もう一度振り返ると女と赤ん坊の姿は消えていた。
車線をはみ出し、ガードレールで擦ってしまったようだ。
ガードレールの下に拡がっている、断崖絶壁の雑木林を思い出すと冷や汗が出た。
私は必死で何度も切れたエンジンを蘇らせる為にキーを回し続けた。既にエンジンはかかったのか、回し過ぎたキーにガガガと耳障りな音が反応する。
とにかく早く人気のない山を降り、麓の繁華街にたどり着きたい。その後で警察に通報するなり駐在所に駆け込むなりすればいい。
とにかく車を走らせ続けなくては。
私はその考えに支配されていた。
ハンドルを切り直し、焦る気持ちで速まりがちな速度をゆっくりと保ちながら、カーブを曲がる。
また霧が濃くなったようだ。曲がった先がどう続いているのか、まったく見当がつかない。
またヘッドライトが数メートル先に白っぽい女の姿を写し出した。
女を轢くまいと反射的にハンドルを切る。
ガリガリという凄い音と衝撃が走り、フロントガラスにパラパラ砂と小石が落ちてきた。
落石止めをしていない剥き出しの崖に衝突してしまったようだ。
その後もカーブの曲がり角に現れる女を避けようと、女と逆の方向にハンドルを切るたびに崖から落ちそうになったり、雑木林に突っ込んだり遊歩道に乗り上げたりと、危険な目に遭い続けた。
麓までの距離がこんなに遠く感じたことはない。
不思議にいくら走った気がしても、走行メーターの距離は進まず麓の明かりすら見えてこないのだ。
警察に通報する必要なんてない。この母子がこの世の者でないことぐらいとっくに気づいていた。
確実に死へ誘われている……そんな気がする。
ひときわ鋭角に折れたカーブを曲がると、またあの首無しの赤子を抱いた女がニタニタと黒い笑みを浮かべて、ヘッドライトの前に踊り出た。
ブレーキを踏んで間に合う距離ではない。ブレーキを踏みながらハンドルで避ける。
停車した先はガードレールが切れており、鬱蒼と繁った木々の葉で地上が続いているかのように錯覚するが……
車体はフワフワと不安定に傾き、前輪が土を踏まず宙に浮いていることを物語っていた。
このまま落ちてしまえば白い車も白いニットを着た私自身も、鮮やかに色づく紅葉の谷底に激突し真紅に染まってしまうだろう。
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