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私はかろうじてアスファルトを踏んでいる三輪のタイヤを駆動させ、バックを試みる。
浮いて足場のない右前輪のタイヤがカラカラと宙で回った。
危機一髪、タイヤは無事四輪とも道路を踏み締め、危ないところだったがなんとか危機を脱することができた。
しかし霧はますます深く濃くなり、視界が悪くて一寸先も見通せない。
ー―もう限界だ!!――
幽霊女を轢くまいとして避けると事故を起こしそうになるのだから、いっそのこと幽霊女のいる方に突っ込めば正常で安全な道を走れるのではないか!?
幽霊なんだから轢かれても死にはしないだろう。
極限まで追い詰められた私はそんな考えに取り憑かれ、支配されていた。
落ち着け……!
落ち着け……!
慎重さを保つため、繰り返し自分に唱える。
ガツンと音がした。バンバーで何かを弾き飛ばしたようだ。
大きく右カーブを曲がると、その先にフワフワと白い女が現れた。
ほとんど霧で視界はきかない。その先の道がどう続いているのかは、皆目見当が付かない。
私は意を決してアクセルの上に置いた足を深く踏み、幽霊女目掛けて突進した。
女は動じる気配もなく、白い乗用車を迎え入れるように赤子を抱いていない方の手を宙に拡げ、ニタニタと暗い表情で不気味な笑みを浮かべている。
このまま女を撥ねる――!!
その瞬間、何かに両肩を捕まれ、ガクンと大きな力が働いたように身体を後ろに引かれた。
反射的にキキ――ッとブレーキを踏む。
女は霧散するように消え、その先には……
その先には道がなかった。
ほの白さの残った空にはぼんやりとした月が浮かぶ。遥か彼方の山並みが滑らかな稜線を描くのが見渡せる。
崖崩れで陥没したのか、道が続いているべき先の何十メートルか真下には、薄暗いので黒々と見える木々の繁る紅葉の谷が広がっていた。
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