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車をバックさせ元来た国道に戻る途中『立入禁止』のバリケードを跳ね飛ばして進入してしまっていたことにと気付く。
それから不思議と霧は晴れ徐々に視界も元に戻り、幽霊女が現れることはなかった。
霧のせいでやけに暗く夜になったように感じていたが、時計を見るとそんなに時は進んでおらず、夕焼けの沈んだほの白い空の下にきらびやかな町並みが広がった。
助かった
本能的にそう感じた。
車は山を滑り降り、眼下に拡がる風景の一部に溶け込んだ。
街中で信号が変わるのを待ちながら考えてみる。
もしもあの女に連れて行かれていたら、あの世で我が子を抱けたのたのだろうか。
いや、と否定する。
黄泉に引きずり込まれ、永遠に山寺をさ迷っていただろう。
マンションに着き、ガレージに車を入れて止める。
温かく帰宅を迎えてくれるように燈るアプローチの門灯がいつもと変わらぬのを確認すると、あの山中の出来事は夢か幻だったのではないかと思う。
しかしボンネットに付着したガードレールの黄色いペンキが、所々凹んで傷だらけの車体が夢ではないと物語っていた。
車のドアをくぐって立ち上がり、スカートをパタパタと叩いて髪を直すと、白いニットの肩のあたりから紅葉の葉がはらりと落ちた。
屈んで拾おうとすると後からもう一枚。
二枚の紅葉の葉を掌に広げて私はハッと気づいた。
あの時――
幽霊女を撥ねようとした私を止めたのは、この小さな二つの手。
私は、あの時の子供に許されていたのだ。それどころか守ってもらっていた。
あの幽霊女は私が頑なに抱えた許されることはないという否定的な感情と、心の何処かに潜む闇が呼び寄せたのだろうか。
温かなオレンジ色の街灯に照らされたタイル貼りのアプローチの床に突っ伏して、私は二枚の紅葉の葉を抱きしめ泣き崩れた。
【了】
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