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しかし、その人は少しも怒ることなく済ましてくれた。
思わず息をついたのだが、今度はその人の行動に吐いた息も吸い込む程に驚愕した。なぜなら、星のすぐ後ろにいるからだ。
先程も同様な事をしていたが、その時はこの人がご主人様だと思っていた。そうでないならば、星は何故肌が触れ合う程近くに寄らせているのだろうか。
とにかく私は心を落ち着かせ、星の背後に立つその人を誰何した。するとあろうことか、その男は星と、趙雲を真名で呼んだでなないか。
真名は己が認めた相手のみ呼ぶことが許される、高潔なるもの。認めた相手以外に呼ばれれば、それは侮辱されたと同義だ。
ならばこの男は、あの星が真名を呼ばせても良いという程に認めた人物。格好を見た限りでは、普通の町民にしか見えぬのだが……。
不躾と分かりながらも、私は正体の分からぬその男を見つめていた。そして改めて、私はその男のことを問うた。最初に誰何した時とは、別の意味でも気になったから。
答えたのは男ではなく、星だった。「私の愛人だ」と。
私は勿論驚いたが、それよりも怒りの方が強かった。
確かに忠義と愛慕は別物だ。しかし星については、そのどちらもがご主人様に向いているものだと知っている。にも関わらずその言葉、一体どういうつもりなのだろうか。
強く問い詰めてみるも答えは変わらず、話すのは関係の深さを示唆する言葉ばかり。
私は一言言い捨て、その場で踵を返し別の道へ入った。
あんな奴のことなどどうでもよい良い。元々ご主人様を捜しに行ったのだ、星を捜しに行った訳ではない。
その後町を見て回ったが、結局ご主人様を見つけることは出来なった。
それから自室で仕事をしたのだが、まったく集中が出来ずにいた。原因は言うまでもない、星のことだ。いいや、違う。星のこともあるが、一緒にいた男だ。
今思えばあの男、何なのだろうか。どこか違和感を覚える。
星に愛人と言われたあの時の顔。まんざらでも無さそうな表情が妙に頭にくる。確かに悪くない、寧ろ優しそうな良い人物ではあった。
しかしご主人様と比べれば、天と地程の差。ご主人様はあのようにだらしがない表情など……時々するが、あそこまで腑抜けてなどいない。それにあの態度。女の後ろに隠れるなど、男の風上にもおけない奴だ。
だが、気になるのはあの雰囲気。男を見た時のあの感覚。
それはまるで、始めてご主人様と、一刀様と出会った時のような――。
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