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北郷一刀は疲れていた。
つい先日戦を終えたばかりなため、太守としての仕事が山程に溜まっているのだ。
戦死した兵士の家族への慰問に欠けた軍備の補強、拡大した領地の引継ぎ等々、すべき戦後処理に追われ、まともに休憩すら取れていない状態にある。
机の上に詰まれた木簡は、椅子に座れば隠れられる程の量。それなりに数をこなしてきたとはいえ、やはり一高校生であった彼には厳しい作業であることには変わりはない。
加えて、いつもなら隣で手伝ってくれるはずの軍師兼補佐的役割を担う諸葛亮孔明こと朱里だが、彼女もまた大量の仕事に追われているため、手伝うどころではない。
それは朱里に限らず、他の将軍も同様なため、一刀はこれらを全て自力でやらなければならなかった。
「……しかし、流石に辛くなってきたな」
手をだらしなく垂らし、背凭れに寄り掛かりながら小さく呟いた。朝起きてからというもの、書簡以外まともに向き合ったのは朝食ぐらいだ。
いい加減目も疲れてきたし、お尻も痛い。このままじゃあ痔が出来そうだ。下ばかり見ていたせいか、首も辛い。
そして、これを言えば皆に悪いのは分かっている、分かっているのだけれど。
正直、飽きた。
似たような作業をただ黙々と行なうのは、一刀には些かむいてはいない。それは彼自身も自覚していることであり、責任感や義務感が彼を机に向わせている。
目の前に人参をぶら下げられる、若しくは尻を鞭で叩かれれば、間違いなくより積極的に取り組むだろう。前者であれば、確実に。
ただ、今の彼の目の前にそのような物はない。あるのは、高く詰まれた木簡のみ。
――と、何を思ったのか、「よし、決めた」と言い一刀は大きく立ち上がった。その衝撃で、机の上の木簡が少し揺れる。
しかし、一刀は気にした様子もなく椅子から離れ歩き出した。
部屋に一人、溜まったフラストレーション、暫くは誰も来ない。そんなことをボソボソと喋りながら、更に歩みを進める。
一刀が足を止めたのは、彼の寝床の一歩手前。視線は寝床自体ではなく、それより手前のベッドと床の間にある小さな隙間。
部屋に誰も居ないのは分かっているのだが、不安なためか周囲を用心深く見回す。確認を終えると、スッと膝を折り曲げさっき見ていた隙間に腕を深くまで突っ込んだ。
すると。
渾名に恥じぬ、やらしい笑みを浮かべた。
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