第一章

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北郷一刀は浮かれていた。 「いやー、たまにはこうやって一人で出歩くのも良いよなぁ」 思わずこぼれる独り言。 その言葉通り、北郷軍の総大将にして太守である北郷一刀は町中を一人歩いている。 普段であれば必ず護衛が付いて回り、一刀だけということはまずありえない。彼の地位からすればそれは当然のことだが、そう付き纏われたら落ち着いて町を見れないだろ、というのが彼の思いである。 尤も、仕事中なので抜け出そうとする時点で怒られるのだが。 そして更に。 「おうっ、兄ちゃん。饅頭どうだ!?」 「じゃあ一つ頼むよ」 町の人たちは彼を尊称で呼ぶでも、敬語を使うでもなく、ただの少年として接している。 本人は全く気にしないだろうが、商人側にしても、いつもいる護衛側にしても領地を治める太守相手に、そのような口振りで話せるはずがない。 にも関わらずそうしているのは、今の一刀の格好にある。 服は町民と同じ一般的な物。髪型もいつもと違い、油のようなもので後ろに流している。 それぞれの入手先を聞けば、一刀は「蛇の道は蛇」と格好つけて言うだろうが、実際はその辺の店で買ったにすぎない。 このような格好をしているのは、太守としてではなく、あくまでも町の人間として普通に接して欲しいからだ。 町にいる衛兵や休暇中の将軍たちにバレないためでは、決してない。 仕事から抜け出せた解放感からか、町中をどうどうと闊歩する一刀。変装にバレないという自身もあるらしく、表情もどこかユルい。 あー、久しぶりにのんびり出来るな。見回りの兵も気付いてないみたいだし、これなら少しの間はこうしていても大丈夫そうだ。 そう考えていた一刀だが、 「おや主。このような場所で何をしておられるのだ?」 早速バレた。
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